地域通貨で高齢者支援─千里ニュータウン、会員間で助け合い

国内のニュータウンの先駆け「千里ニュータウン」。開発から40年以上がたち、住民の高齢化が進む中、「地域通貨」を媒介に住民同士のつながりを深める試みが進んでいる。取り組むのは、高齢者向けの弁当配達やデイサービスなどを手がけてきた特定非営利活動法人NPO法人)「友、友(ゆうゆう)」(大阪府吹田市)。代表理事の小林房子さん(66)は孤独に陥りがちな地域の高齢者を支えようと奮闘している。

 「おいしいケーキがあるお菓子屋さんも入れて」「よく行く喫茶店の人に聞いたらOKやって」――。万博公園にほど近い「友、友」本部。配食用の弁当作りにボランティアとして参加する地元の主婦らから次々と提案が飛び出す。「友、友」が2004年10月に発行を始めた地域通貨「いっぽ」。その加盟店にどんな店を入れるかというアイデアだ。

 精肉店青果店、美容室、文具店、整骨院……。スタートから約3年。すそ野はどんどん広がり、今では使える加盟店は21店に達する。

 「1いっぽ」は1円に相当し、「100歩」と「200歩」の2種類がある。利用したい人は会員になる必要があり、その際に入会金の3000円と引き換えられ、必要なら3000円単位で追加できる。加盟店でお金の代わりに使えるが、小林さんは「間違ってほしくない」とくぎを刺す。

 そもそもの目的は地域の商業振興ではない。千里ニュータウンに暮らす人たちが「互いに助け合う際の潤滑油として活用してもらいたい」との発想が原点で、会員間で助け合う際のお礼として渡すのが基本的な使い方だ。

 “相場”は1時間で600歩。1仕事も600歩が基準だ。例えば、腰を痛めている人が庭の草取りを頼む場合、1時間10分かかれば700歩を渡す。その代わりに別の機会に洋服の寸法直しをして600歩を受け取る、といった具合。日用品の買い物や病院への送迎、旅行中の植木の水やりなどの依頼が多いという。

 地域通貨は、市町村など一定の地域でボランティアの対価や地元の加盟店でお金の代わりに使える。今年3月まで、発行団体は1000万円以上の資本金がなければ、通貨の有効期限が半年間に限られるなどの法的な制限があり、一部を除いては普及していなかった。

 「いっぽ」の場合、大阪府寝屋川市地域通貨「げんき」などとともに、05年6月、国の構造改革特区に認定されたため、こうした制約を受けずに取り組めた。8月末時点で、流通残高は約104万歩に上る。

 もともと専業主婦だった小林さんが地域と向き合うようになったきっかけは、1973年のオイルショック。生協の会員だったが、小林さんの住む地区には灯油の割り当てがないという。聞くと、すぐ近くの別の地域では会員がグループを組織し、生協本部に要求して一定量が供給された。すぐに近所の会員に声をかけグループを作り、本部にかけあった。

 近所付き合いが薄かったニュータウンで、地域とのつながりを深める契機になり、その後、高齢者の食事会を開く活動として86年の「友、友」設立に結実する。

 小林さんが「いっぽ」を始めるきっかけになった出来事がある。

 長くボランティアに参加してくれた女性が70歳を超え、肉体的に活動が難しいからと離れていった時、小林さんは「これで付き合いが終わってしまっていいのか」と考え込んだ。ちょうどそのころ、大阪府地域通貨の発行団体を募集していると聞き「独断で手を挙げてしまった」。通貨が地域住民をつなぐ媒介になるのではとの直感だった。

 「いっぽ」は徐々に軌道に乗ってきたが、小林さんには次なる夢がある。自前の老人ホームを造ることだ。一般の老人ホームでは高齢者が個室に閉じこもりがちになることも少なくない。周囲とのふれ合いも乏しく、病気が進行するケースもある、と小林さんの目には映る。

 デイサービスなどで培ってきた「友、友」のノウハウを活用すれば「人生の最後を少しは有意義に過ごしてもらえるのでは」。そんな思いから知り合いの工務店に相談。「1億円はかかると聞き、悩んでいます」というが、実は資金集めの腹案をひそかに温めている様子だ。

 「千里の道も1歩から」。地元の地名に引っかけ、地域通貨の名称にしたことわざだ。大きな夢に向け「あと10年は頑張らないと」。小林さんは次の1歩を踏み出そうとしている。
阪神支局長 広谷大介)