道路交通による都市の環境負荷の軽減方法に関する海外動向等の調査

031: 三井住友海上福祉財団 研究期間 1997- 民間助成研究成果概要データベース
1.研究の目的と方法
交通・運輸部門が地域・地球環境に与える負荷は大きく、年々増大傾向にある。都市部のNOx濃度は改善傾向が見られないし、代表的な温室効果ガスである二酸化炭素の排出は年々増加している。欧米では、道路交通による都市部の環境負荷の軽減方策等について、先端通信技術を応用した交通管理などの取り組みが活発になっており、わが国でもいくつかの試みが始まっている。
本調査研究では、欧米諸都市の道路交通の環境負荷軽減施策とその効果、特に交通管理に関する最近の取組を調査し、各都市固有の条件との関係などを整理し、さらにわが国の都市における適用可能性を検討した。
調査手法は、主として文献・報告書・インターネット上の公開データ等の資料を広く収集し、これらの資料から要点を抽出し、それらを整理・比較・検討する方法によった。
都市の選定に当たっては、従来あまり紹介されていない都市に広く当たること、最新の事例を調査することに重点を置いた。結果として、巨大都市は含まれず、中規模都市が多くなったが、日本でも参考になると思われる事例を集めることができた。
2.研究結果 (1)各都市の施策
以下の都市における施策を取り上げた。
ミネアポリス/セントポール(米) ・バス優先・運行管理システム(ルートマティックとスピードライト) ・帰宅保証プログラム ・交差点のロータリー化によるトラフィック・カーミング(交通静穏化) ・ロード・プライシングの検討(付:ロスアンゼルス郊外の実施例)
フェニックス(米) ・相乗り(カープール)プログラム
ヴィクトリア(加) ・トラフィック・カーミング : (付:カナダ各都市の状況)
サウサンプトン(英) ・駐車場誘導システム、バス運行情報システム等
ノッティンガム(英) ・グリーン通勤計画、ICカードの導入等
シュツットガルト(独) ・駐車場誘導システム、交通情報提供システム ・ロード・プライシングの実験
ベルン(スイス) ・交差点のロータリー化による交通流の円滑化 ・横断歩行者用の中央アイランド
モンペリエ(仏) ・再開発地区における乗入れ禁止とミニバスの活用 ・路面電車自転車道 ・交通制御システム
サンブリュー(仏) ・タクシータブ(タクシーを利用した公共交通)
ボローニャ(伊) ・都市部乗入れ規制の自動化 ・バス運行管理、信号管理システム、ICカードの導入
(2)各施策の評価と日本への適用可能性
(1)交通流の円滑化
同じ距離を走行しても、車の停止・発進回数が減少すれば、エネルギー消費も汚染物質の排出も削減される。交通流の円滑化は、道路の建設と同じく、交通量をいっそう増大させるという側面も持っているが、モービリティを確保するために必要であるし、ITS(高度道路交通システム)、高速道路の進入規制、ロータリー交差点などは、事故の減少につながると評価されている。
混雑時における高速道路の進入規制は、米国の多くの都市で見られる。渋滞を防ぎ、交通容量が増加するとともに、事故が減少すると報告されている。
ロータリー交差点は、欧州・オーストラリアの多くの都市で実施されている。信号交差点に比べて、交通流が円滑になり交通容量が増大するとされ、ベルン市の例では、燃料消費と排気ガスが15-25%削減されると評価されている。また、いくつかの国の統計によれば、事故頻度も傷害の程度も大幅に低減されている。日本でも検討に値すると思われる。
(2)自家用車の利用抑制
自動車からの汚染物質の排出は、運転を始めてから最初の15分間(この間は排出抑制装置が十分に稼働しない)に集中しているため、大気汚染を抑制するためには、自動車の短距離移動を削減することが最も効果的であるとされる。
欧米に比べると、日本で交通需要管理が意識され始めたのは最近のことであるが、実際には交通需要管理に近いことが行なわれてきたと言ってもよい。日本の都市では土地は混合・密集利用され、駅を中心として密度の高い市街地が形成されている。駐車場不足と交通渋滞とが自動車の利用を不便にしているし、高速道路は有料である。ただし、これらは交通需要の適性レベルを意識して行なわれてきたわけではなく、車の利用距離は欧米に比べて短くとも、密度が高いから、渋滞と大気汚染の問題は同様に起こる。
米国で広く推進されているカープールは、日本で心理的に受け入れられるかという問題があるし、退社時刻が一定でない人が多いため、制約があろう。
乗入れ規制はヨーロッパで例が見られるが、広範囲にわたる乗入れ規制には、都心の空洞化という危険が伴う。
一方、ロード・プライシングは、交通需要抑制のための強力な手段として認識されているにもかかわらず、また、単なる乗入れ禁止よりも柔軟性があるとされているにもかかわらず、検討段階の域を出ない都市が多い。しかし、一部の都市では、料金徴収の自動化(エレクトロニック・ロード・プライシング)が実用化されている。日本では混雑時の高速道路料金を上げるという方法が可能であるが、一般道路の渋滞がひどくなるおそれがある。(なお、英国では、1998年12月、地方交通当局にロード・プライシングの実施権限を与える法律を導入することが、政府から提案された。)
乗入れ制限と関連して、都心部の駐車場の供給量を減らしたり、駐車料金を引き上げる例もあるが、ここでも都心空洞化の問題がある。また、駐車場を探して移動する車によって交通量の増大と渋滞が起こることが指摘されている。日本の都市ではもともと駐車場が少なく違法駐車が多いため、日本への適用は困難な場合が多いであろう。
(3)公共交通等の利用促進
OECD報告書「都市交通と持続可能な開発」(1995年)によれば、公共交通のサービスを改善すれば、モービリティは向上するが、自動車利用にはあまり変化がないとされている。したがって、自動車交通の抑制手法を組み合わせることが効果的であろう。
先端通信技術を利用して公共交通サービスを改善する試みが、多くの都市で行なわれている。ただし、GPS(衛星を利用した全地球位置把握システム)によるバス管理は、サービスの改善にはつながるが、ただちに利用者増加に結びつくかどうかは明らかではない。費用対効果について見守る必要がある。
バス専用・優先レーンは日本でも多くの事例があるが、必ずしも実効があがっていないと言われている。一般道路においては一般車は一時的に専用レーンに進入せざるを得ないので、取締りが難しいし、違法駐車車両の問題もある。バス専用・優先レーンの実効性を高めるためには、違反の取締り強化とともに、広報活動が不可欠である。
バス優先信号は日本でも例がある。専用レーンに比べると効果は限定的かもしれないが、簡便で実効性のある方策であろう。
かつて日本の都市交通の主役を担っていた路面電車は、その多くが廃止されたが、最近では再び見直されている。また、新しいタイプのライト・レール・トランジット(LRT)導入の検討が、各地で進められている。ただし、現状のまま導入しても採算がとれないところが多いであろうから、財政の投入について社会的なコンセンサス作りが必要である。
パーク・アンド・ライドは、日本の多くの街のように駅を中心に発達したところでは、駅前の地価が高く駐車場の建設コストが高いという難点がある。従って、パーク・アンド・ライドは、新たに開発される住宅地域への適用が主なものになると思われる。
一方、鉄道ではなくバスに乗り換えるパーク・アンド・バスライドの例は、日本では少ない。鉄道の場合と異なり、バスは自家用車と同じく渋滞に巻き込まれてしまうため、インセンティブが働きにくい。
人口密度の高い日本の都市部では、パーク・アンド・ライド、パーク・アンド・バスライドよりも、自転車から鉄道に乗り換えるサイクル・アンド・ライドの方が向いているし、実際によく行なわれている。
(3)展望
交通流円滑化による渋滞の解消は、排気ガスの削減だけでなく、モービリティの確保、経済活動の活性化という意味でも重要である。今後のITS(高度道路システム)の発展に期待したい。道路建設については、都心における不必要な通過交通を回避するため、環状道路などの迂回交通網の整備が効果的であろう。
しかし、より根本的には、公共交通を拡充して自家用車への依存度を減らすことが必要であろう。そのためには、公共交通のサービスが自家用車利用者へのサービスを下回っていてはならない。このためには公共交通への税金投入(または自家用車への課金等)が必要となるが、これは、「市場メカニズムを機能させるため、外部経済(または外部不経済)を内部化する」という考え方により正当化できると考えられる。
公共交通は快適でなければならないし、運行頻度が高くなくてはならない。地域によっては、ミニバスに転換して運行頻度をあげるなどの工夫が必要であろう。自転車については、歩行者の安全を確保したうえで、鉄道駅の直近に駐輪スペースを無料で提供するなどのサービスを行うことが効果的である。
公共交通のサービスを十分に向上させることができない場合は、自家用車利用者へのサービスを低下させるしかない。しかし、サービス内容そのものを低下させてしまう(道路の縮小等)と、渋滞が激化する。従って、サービスの停止(乗入れ禁止)またはサービス対価の増大(ロード・プライシング)が有効な対策ということになる。その場合、市民の選択肢を排除しないという意味では、乗入れ禁止よりも、ロード・プライシングの方が適当であろう。
しかし、公共交通への税金投入と異なり、ロード・プライシングには強い反発が起こるだろうし、低所得者層の選択肢を奪ってしまうという批判も予想される。料金徴収の問題もある。交通需要管理について社会的なコンセンサスができるまでには、かなりの時間が必要であろう。
当面は、繁華街の歩行者専用空間を拡大したり、時間と場所によって高速道路料金に差異を設けたりするとともに、将来のロード・プライシングも視野に入れた積極的な広報活動を行うことが考えられる。
なお、トラフィック・カーミング(交通静穏化)はもともと交通安全の問題であろうが、歩行者・自転車の優先、あるいは通過交通の抑制という意味で、環境負荷の問題としても取り上げられるようになっている。日本でも、住宅地の多くは30km、20km制限になっているが、制限速度を表示するだけであり、取締りも少ないため、守られていないことが多い。住宅地域を安心して歩けない、あるいは安心して自転車に乗れないという状態は、生活環境の面からも大きな問題である。
特に日本の道路は狭いから、欧米に比べていっそう深刻である。一部の都市では、トラフィック・カーミングのために住宅地の交差点をロータリー化することが行なわれている。景観面からも優れているとされているが、日本ではスペースの関係から困難な場合が多いため、ハンプ(隆起)の設置が適当であろう。
3.研究結果の公表方法
報告書(53ページ)を印刷して公表する。