〆金・・・古都

「私の異常な所産」睡眠薬濫用の川端にとっては、「幻」「幻影」のような作品
 京都の風物や季節の移り変わり・千重子を中心にした人間関係・「捨子」千重子の出生を鍵とした千重子のアイデンティティを巡る・「離ればなれで育った双子の姉妹が再会を果たす。

苗子は、雷雨から千重子を守るために、千重子の身体を自分の身体を覆う。そして、千重子は苗子はそのお礼を言う。

「苗子さん、ほんまにおおきに。」と重ねて言った。「お母さんのおなかのなかでも、苗子さんに、こないにしてもろてたんやろか。

「そんな、押し合うたり、けり合うたりしてたんと、ちがいまっしゃろか。」

「そうやな。」と、千重子は肉親じみた声で笑った。(p.155)

杉の山中で、激しく降る雨のなか、二人の身体が重なり合う。それはまるで、母親の子宮のなかにいるような光景となる。生れてすぐに離ればなれとなった双子は、こうしてもう一度母胎へと回帰することで、双子という関係をやり直そうとしているのではないだろうか。
千重子の二度目の訪問の際にも、やはり山の天候は崩れる。しかし、ここでは冬の季節を反映して、雨ではなくみぞれにちかいものであった。

三度目は、千重子の住む京都の家に、苗子が訪問する。苗子は、千重子との関係が世間に知られ、それによって千重子に迷惑がかかるのを恐れて、何度も千重子の家に来ることを断っていたが、千重子の「せめて、一夜だけでも、苗子さんと、いっしょに、寝てみます。」という言葉によって、苗子は夜中にこっそりと千重子の家に訪れることになった。

さて、この時に降るのはなにか。「雪」なのである。

千重子は、苗子が耳を澄ますのに、

「しぐれ?みぞれ?みぞれまじりの、しぐれ?」と聞いて、自分も動きをとめた。

「そうかしらん、淡雪やおへんの?」

「雪……?」

「静かどすもん。雪いうほどの、雪やのうて、ほんまに、こまかい淡雪。」

「ふうん。」(p.239)

雨からみぞれへ、そして最後は雪に変化していくところが面白い。季節の変化を現わすと同時に、千重子と苗子の関係の変化すなわち、二人が親密な関係へと変化していくことと重ね合わされている。そして雪が二人を包み込んでいる。物質の想像力から見れば、雨や雪といった「水」が、二人の「身分」の違い*1を溶かし、再び二人を一つの身体へとつなぎ合わせている、と言えるのではないだろうか。
「幻……?」千重子と苗子にも、雪によって「幻」=桃源郷が現れたのではなかろうか。

 「古都」としての京都の衰退を描いていると言えなくもない。物語は、千重子と苗子のエロスを描きつつ、太吉郎や「古都」のタナトスを挿入している。エロスの物語とタナトスの物語の双子の物語、これがこの小説の構造なのではないだろうか。